望める婚礼


 

 

 

「ごめんねエリーザベト」

その声が聞こえてから1秒もしない間に頭に激痛が走った
頭の激痛に続いて全身の浮遊感。激痛に耐えながら薄く目を開けると
無数の星屑と満月の月。そして見たこともない青年。
何故私の名を知っているのか、
元々私は今日の結婚式の為に用意したウェディングドレスを着て更衣室にいたのではないか
聞きたいことはいっぱいあるのだが
なにより私が見たこともないこの青年の
声と温もりに何故心当たりがあるのか
それが一番知りたかった

そんなことを考える暇もなく段々瞼が落ちてきて私は意識を手放した






「あ、起きた」
「ん……?!貴方誰!此処何処?!」

私は勢いよくベッドから起き上がって青年に詰め寄った
部屋を見渡せば必要最低限の物と古い大量の本と焰の灯った蝋燭以外何もない
屋根は雨漏りの痕が染み付いていて床を歩けば軋む音がする
私は何故こんな気味の悪いところにいるのだろう…
今まで起こったことを全て聞く為に私は青年に近づいた
私が前に一歩進めば青年は後ろに一歩下がる。これを繰り返して三回目、
強烈な目眩が私を襲った
段々床が近くなってくる。転ぶ、そう確信した私は目をきつく瞑ってその衝撃を待った

「駄目だ、もう少し寝ていないと…」

だがいくら待ってもその衝撃は無い
恐る恐る目を開けると心配そうな顔をした青年が私のことを抱きしめていた

「え、ぁ、その…」
「ごめん、エリーザベト…全部、全部僕のせいだ…」

青年の声は震えている。

「あっ…ねぇ、何故私の名前知ってるの?此処は何処?貴方は誰?…何故あそこから連れ出したの…?」
「…知って、どうするんだ」
「だって貴方のその声が!腕の温もりが!私の…愛していた人に…そっくり、だから…もうあの人はいないのに…」

呼吸が上手く出来ない。感情の渦に巻き込まれるかのように
鼓動が早い。まるで彼と一緒に居るかのように
もう私のことをこんなに喜ばせて、悩ませて、泣かせた彼は、
私の鼓動を早くさせて、落ち着かせてくれた彼は、
もう此処には、もう此の【世界】には、もう…

「私の側にはいないのに!!!」

何故、どうして、嗚呼【神様】…私達を巡り会わせた時は最高の運命だと思っていたのに
私達を引き離したときには最高の運命さえ最低な運命に成ってしまった

「こんなに哀しいなら出会わなければ良かった…メルッ…メルツ…!」

私は青年の腕から離れその場に泣き崩れた


「エリーザベト…今日何の日か知ってる…?」
「…っ…知らない…うっ」
「君と…約束した日だ」

私達を運命が引き離した日。彼と私だけの約束を交わした日。それが今日
その日だと気付いていたけど気付きたくなかった。
今日式を挙げようとしたのはメルツのことを忘れるため。望まぬ婚礼なら忘れられると思った
だけど結局忘れることが出来なかった。頭のどこかで警報が鳴った気がして

「それと…エリーザベト、君は今誰と話をしているか分かってる…?」
「貴方でしょ…?」
「僕…だけど僕じゃない」

青年の言っていることが理解出来ない
それよりも何故約束のことを知っているのか
今度こそ今までの数々の疑問を問おう
そう考えた矢先

「僕はメルツだ。君を愛し、君に愛されて、約束を交わした…」
「っ…?!」
「僕は一度死んだ。」

僕も分からないけど今此処に居るのは僕自身だ。目の前の僕を、真実を見つめてくれ
そう言って私のことを抱きしめるこの人は
本当に私の愛した人なのだろうか?
頭の中の記憶の底を掘り返しても自分では何も分からない
私は無力だ。どんなに考えても答えは誰かが知っていて、
神は無慈悲だ。自分で裂いた仲を勝手に引き付けようとする
だから【摂理】に背を向けて自分で<ホンモノ>の真実を今から探そう
考えていても行動しなければ意味は無いんだ

私は自分で考えて行動するより運命に身を任せた方が楽なのだろうと
彼を失ってからずっとそう思ってきた
でもやっと分かった。真実から目を背けてはならないと。
嘘は都合の良い真実。嘘に浸ってはならないと。

そうだ。自分で<ホンモノ>の真実を探しに行こう。自分で、行動しよう

「そうね…貴方が…メルが悪いんだからっ!どれだけ哀しくて、寂しくて、辛かったか…!もう二度と私のところから離れないでっ!居なくならないで!一人に…しないで…!」
「本当にごめんエリーザベト…君の苦しみは見てきたから分かってる」
「…話しかけるのが遅いわよ」
「だって話しかけるなんて一度も考えたこと無かったんだ!結婚すると聞いて急いで、それで…何も考えてなくて君に怪我をさせてまで…」
「待って、此処は何処?」
「ムッティと僕が住んでいた小屋さ。実はね…」

それから何時間もメルと色々なことを話した。
過去と、現在と、未来についてまでじっくり話した。

「そういえば結婚式は?」
「あ。」
「今からでも…間に合わないだろうけど、行ってみたらどうだい?」
「でも結婚する気はなかったんだし…私、メルと結婚したい…駄目?」
「え…ちょっとエリーザベト、考えてみなよ…死人と結婚なんてさ…」
「メルがいい」

これが私の望むこと。望んでいることが私の真実
相手が死んでいようと外国人であろうと犯罪者であろうと…
たとえどんな理由でも愛しているという真実にかわりはないのだから

「メル…私…貴方のこと…」
「お嬢様!!エリーザベト様!」
「惜しいな…追手が来たか…屋根裏があいている筈だから隠れよう」
「あ、うん…」

何が惜しかったのかは敢えて聞かなかったけれど
私を隠すことに必死になっている彼を見て気にしないでおこう。
そう思いながら彼が用意した梯子に足をかけた





望める婚礼
(エリーザベト、目閉じて)
(…ん……………?!)