深海少女
ごめんなさい
 
「捕まえた…」
 
ごめんなさいごめんなさい
 
「もう二度と、失うまで逃がさない…」
 
また、私は檻の中。
 
 
 
深海。一切光の届かない闇に照らされた場
水底よりもずっと堕ちたところ
 
私は、堕ちてしまった
 
「お目覚めかい?」
 
意識が戻り、頭に響く声
その声は私を水底から深海へと堕としたその本人
 
「…」
「君は僕から逃げれるとでも思ったのかい?」
「何がしたいの」
 
彼の問いを無視し逆に問う
けれど答えは返ってこなかった
暗くて何も見えない。彼はもうこの場にはいないかもしれない、そんな可能性だってある
しかし下手に動けば戻る道を失う。彼に導いて貰うこと以外にここから脱出する術は無いに等しい
 
水が冷たい
当たり前だ。ここは深海なのだから
そう言い聞かせるも水温は下がるばかり
背筋が凍る感覚がする。いや、実際に凍っているのかもしれない
もうすぐ死が訪れるのだろうかと動かない頭で考えてみるも失敗
失敗して消えて、また存在して消えて
幾度も繰り返した
今回こそは彼から逃げ出す。そのことが存在理由であり最大目標
いつもここまでくると思い出す。今まで自分のしてきたことを
また新しく生まれてくれば忘れてしまうからいつも同じ道を進んで間違えてまた消えていく
走馬灯ならばまだいい。いままでの消滅を全て見せられる
消えるまでが全て同じで、消滅の仕方が毎回違うのだ
それは時に残酷なもので、優しいものだった
 
「ねぇ。いるんでしょう?」
「…何。答えは出たの?」
「私間違わない。もう間違わない。」
「ここにいる時点で君はずっと間違うんだよ」
「知ってる。いつも記憶を消しているのは貴方。違う?」
「…あーあっなんで気付いちゃうかな…折角閉じ込めたのに。今度こそ自分のものにしようと思ったのにさー」
「逃げない。だから消さないで」
 
私が言い切った瞬間、水が消え去る
目が痛くなるほどに注がれる光の中、彼は泣いていた
 
「私を殺すのは逃げていくことが怖いから。殺してから記憶を奪うのは間違わないでここに来なくなるのが怖いから。私知ってる。どんなに無残な殺し方をしても最後は必ず口付ける。そして私が消えてからまた私が迷い込むまで貴方は泣き続ける」
 
彼のすることが全て愛故の行動だと心の片隅で気付いていた筈
忘れていても、気付いていた
ふと感じる悲しい視線、時々聞こえる誰かの啜り泣き
全ては彼のものだと気付いていた
 
「今になって全部知るなんて、遅すぎるよね。ごめんね気付けなくて」
 
彼の流す涙が底へと落ちてゆく
ああ、またこんな時に気付くなんて
 
「ねぇ」
「…何」
「気付くの遅かったかな」
「…十分早い。あと百年ぐらいは待たされるかと思った」
「そうじゃないの。そのことじゃない」
 
今更だった
ここは深海じゃなく水底だと気付くのが